願望・欲求のゆるし(マズローの欲求階層説)

あなたが聖なる目的だけに集中するなら、時間と空間のすべてをわたしが面倒を見ます。

あなたが物質的に必要だと思っているもの、感情的に必要だと思っているもの、精神的に必要だと思っているもの、この世界であなたが「自分にはこれが必要だ」と思っているものすべての面倒をわたしがみる、ということです。

と、何度も何度も、繰り返し、響く中で「マズローの欲求階層説」のことも、何度も思い出していました。

まず、5段階の欲求。

1. 生理的欲求
呼吸、食事、睡眠、排泄など、生命を維持するための本能的な欲求。

2. 安全の欲求
病気や事故から身を守り、経済的・心身ともに安定した環境で暮らしたい欲求。

3. 社会的欲求(所属と愛の欲求)
家族や友人、会社などの集団に所属し、仲間から受け入れられたい欲求

4. 承認欲求
所属する集団から認められたい、尊重されたい、自分の能力を発揮して評価されたい欲求。

5. 自己実現欲求
自分の持つ可能性を最大限に発揮し、「こうありたい自分」になりたいと願う欲求。

6. 自己超越の欲求

このように眺めてみると、その一つひとつが、尊く、愛されている、愛に値するもの、という感覚に包まれます。

まるで慈しまれているかのようです。

人間だったら、誰にでもあると思います。

だから、否定したり、蔑ろにしたり、無視したりする必要が一切ない、

「わたしにはこれが必要!!」と欠乏・不足からの要求を暴走させる必要もない。

では何なのか、というと、神聖な目的のもとにおいては「これを自分でなんとかしようとせず、神聖な存在にゆだねる」ということ。

「”自分”でなんとかしようとしない」というのは「”自分以外の他者”になんとかさせよう、なんとかなってほしいとコントロール・操作する必要もない、外を変えよう・動かそうとする必要がない」ということ。

※ゆだねた結果として「誰かが、自分が必要としていた何かを持ってきてくれた」ように見えることはあるかもしれませんが、この認識は、だんだんと変容してくるかもしれません。

神聖な目的に心を開き、自分でなんとかしようとするのをやめ、欲求(願望、必要)があるならそのまま認め、聖なる存在にゆだねます。

そして、心を開いて、愛を見たいと願います。

たしかに、経験に基づいていうならば、自分でなんとかしようとするときは何もうまくいかず、心を開いて信頼し、愛を見たいとゆだねれば、それはたしかに、わたしがわかるように、体験として受け取ります。

「わたしが愛を奇跡を助けを必要としている限り」何度でもです。

その一つひとつの必要が「満たされていく」という体験を受け取っていく中で、

(自分で自分を満たす、というよりも、満たされていく、と書いた方が、なんとなくしっくりきます)

だんだんと、ピラミッドの下の方の欲求(1、2・・・)への執着(恐れ)がなくなる、ということはあるかもしれません。

「そういえば、以前のように、病気から身を守らなきゃ」と、そこまで神経質に心配にならなくなっているかもしれない、とか。

それは「病気になっていいと思うようになった」わけでもないし「身体を大事にしなくなった」わけでもありません。「健康でありたい、安全な環境で過ごしたいと願わなくなったのか?」というと、それもまた少し違うのかもしれません。

けれども、そのようにして、恐れや執着、心配から解放されていき、だんだんと、上のほうへと、引き上げられていく・・・そんな感じでもあるかもしれません。

それでも、それは、直線階段的でもあり、螺旋階段的でもあるようだ、と思うことがあります。

そして「まるで、天に引き上げられていくかのような」感じがしていたとしても、

この世界にいるということは「わたしが神になった」わけではなく「神の子としての完全なる自覚を回復した(悟りを開き終わった)」わけでもなく、まだ必要を信じているということで、

聖なる目的に捧げ、自分でなんとかしようとせず、ゆだねる、という心の練習はつづきます。

マズローによると、欠乏欲求と成長欲求というものがあるそうです。

欠乏欲求とは不足しているものを満たそうとする欲求のこと。

成長欲求とは自身のさらなる成長や可能性を追求する欲求のこと。

けれども、わたしたちが今学んでいるのは、欠乏欲求とも成長欲求ともどこか異なるようです。

欲求・願望・必要とは、不足や欠乏とセットのようなところがありますが、

赦し・奇跡はそれをひっくり返していくのかもしれません。

そういった意味において、欲求・願望・必要を抑圧する必要が一切ないようです。

手放すというのは、好きだと思うものを捨て去ったり、必要だと思っているものを禁止したり、

希望そのものを諦めるという意味ではなく、自分でなんとかしようとするのをやめて、聖霊にゆだねること。

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