この一年の変化

【茉以さんとのコラボ企画】1年間の遠隔一斉ヒーリングのご案内(無料)について。

来週の金曜日(11月6日金曜日)で最終回となりました。

「もう最終回・・・!早い・・・!」と感じました。

毎月遠隔ヒーリングを分かち合ってくださった茉以さん、この一年間、本当に、ありがとうございました。

毎月、茉以さんがメールでシェアしてくださった気づき、奇跡も、いつもとてもありがたく読ませていただいていました。

そして、距離を超えて、身体も超えて、いつも共に癒しを分かち合ってくださったみなさんも、いつも本当にありがとうございました。

心から感謝しております。

10月の遠隔ヒーリングのご案内メールに、

「皆様は、この一年でご自身の中で徐々に変化したと感じられることはありますか?どんな些細なことでも、もしお話していただけることがあれば、ぜひお聞かせください」と茉以さんが書いてくださっていたので、

今日はそのことについて書いてみたいと思います。

この一年、と思ってみると、

・何もしないということ

・とても深い静けさ

・大降伏、ゆだねつづける日々(現在進行中)

そんなことが思い出されます。

「何もしない」というのは、精神的な面においてのことです。

行動面では「ごはんを食べたり」「散歩したり」「あれをしたり、これをしたり」と、日々の日常的なことを「している」のですが、

精神面では「わたしが何かをしようとする衝動」をとことん、赦しの光に捧げ、ゆだねつづける日々でした。

このプロセスはいまも、現在進行中です。

「何かをしようとするエゴの衝動」というのは、まるで、「車に乗ったエゴからの誘い・誘惑を断り続ける」ようなところがあります。

このプロセス自体は、かなり前にはじまっていたものの、最初はもう「エゴの誘惑に乗りたくて乗りたくて仕方がない」というようなところがあって、それがかなりきつかったということと、

「エゴの車に乗ってしまった」と自分を責めてしまう、というのもまたきつかったです。

「責める必要はない」と頭でわかっていても、です。だから、「愛ではなく裁きを選んでいたい。苦しみから解放されたくないようです」というところを、何度も何度も、認めつづけていました。

それと同時に、もう、毎日、毎時、毎分、ゆだねつづけています。

このように、最初は、かなりきつかったものの、最近、ここ一年くらいは、軽やかな感じを感じていました。

いま思えば「まるで、それが応援されていたかのようだ」とも思うのですが、とても静かな日々でした。

この一年を通して、神を一番にすること、それ以外がもう本当に考えられなくなってしまっているということ。

そんなことを、いま、思います。

「神を一番にすること、それ以外がもう本当に考えられなくなってしまっている」というのは。

以前は、まだ「相手に合わせて、妥協する。自分を取り繕う」みたいなことを、していたことがあったんです。

ここでいう相手とは、たとえば「神を一番にしたいとは思っていない、自分の力で生き延びるべきだと思っている」と思っているような場合です。

以前までのわたしは「そんな相手とでも、うまくやっていけるはず。ゆずりあって、妥協して、うまくやっていけるはず」と思っていました。

自分でなんとかしなきゃ、自分でなんとかできると思っていたのかもしれません。

そう思えば思うほど、まるで、神の待つ”祭壇”へと巻き戻されるかのようで、

「わたしが本当に望んでいるのは何か?」ということを、ありとあらゆる場面で問わざるを得ないような、そんなふうでもありました。

そして「何もしない」にただ座る、ということに戻り続けていた感じもしています。

「何もしない(というか何もできない)」に戻り続けて、でも、それは、無力感に打ちひしがれたままでいるわけでもなく、「わたしが本当に望んでいるのは何か?」を問い続ける中で、何度も何度も「神様が知らせたかったもの、見せたかったもの」を体験を通してたくさん受け取りました。

「わたしが何もしていない(できない)」を直視しつづけているからこそ、そして、同時に、神の愛を求め続けているからこそ、「それがまさに神の愛によるものである」ということを、はっきりと認識して、受け取れる体験を与えられるのかもしれない、と、これを書きながら、思いました。

神の愛、奇跡というのは本当に素晴らしく、その喜びを共に分かち合えるという体験もたくさんいただいてきたので、「もっと、もっと」という気持ちも正直なんども出てきましたが、

神を一番にしたくないと思う誰かに、神を一番にするよう強要することなんて、決してできません。

奇跡というのは、神様からのものであり、それは愛であり、確かなもの・・・

それは「偶然」「たまたま」「なんでかよくわからないけど、うまくいった」「そのときは運がよかっただけ」という認識を、少しずつ、ひっくり返していきます。

わたしは、もう、神の愛、一体性だけを望みます。

「自分の力でなんとかして正しく生き延びるべきだ」ではなく「罪は誤りであり、誤りは訂正可能であり、すでに訂正されており、神から完全に愛され守られ養われているという真実」だけを受け入れていきたい。

とはいえ「神の愛以外を望む(=愛ではなく裁きを選んでいたい。苦しみから解放されたくない)」という思いに立ち止まり、「完璧な意欲に入れ替えてほしい」と願う日々、そのプロセスは最近も続いています。

そんな中で、聖霊の完璧な意欲を分かち合っていきたい、と思っています。

自分の中の「苦しみから解放されたくない」という「願望」に気づき続ける日々は、悲しみや葛藤を感じることもありましたが、

けれども、こうして文章にしてみると、「苦しみから解放されたくない」を認め、赦されつづけたからこそ、

願望が浄化され、純化されていっている・・・ということを感じました。

神様の采配に感謝です。

来週の金曜日(11月6日金曜日)で最終回ですが、

遠隔ヒーリングをご一緒してくださる茉以さん、みなさん、最後もご一緒できることを楽しみにしています。

「最後の一回だけでも参加してみたい」という方、いらっしゃいましたら、いまからでもお申し込みいただけますので、ぜひご参加ください。

詳細とお申し込みはこちらからご確認いただけます:【茉以さんとのコラボ企画】1年間の遠隔一斉ヒーリングのご案内

いつもありがとうございます。

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