セラピーを受けたけど元に戻る?

「これまでにセラピーやヒーリング、カウンセリング、セッションなどを受けたけど」

「一時的にはよくなったけど、元に戻る」

「ブロックをとった、とってもらったはずなのに元に戻る」

というお話を聞くことがあります。

「ある意味ではそういえるかもしれません」というのを、否定的・批判的ではない意味で、ここに言葉にしてみたいと思います。

わたし自身もあるとき、セラピー、治療、ヒーリング、カウンセリング、セッションを受けにいっていたことがあります。その前には病院に通っていた時期もあります。

ある時期まで、わたしは「セラピーやヒーリングを受けるために働く」というほど、苦しみからの解放・心の癒しを渇望していたこともあったほどです。

それで、さまざまなセラピー、ヒーリング、カウンセリング、セッション、病院などに通った経験を経て、いま、思うのは、

あれは「信頼」を学びにいっていたんだな、ということです。

信頼とは、まさに、自我(恐れ、罪悪感、不足、分離・・・)ではなく、わたしたちの中にある光輝きの働きです。

信頼とはなんでしょうか。

先日、奇跡講座のテキストを読んで、ハッとした箇所があります。

自我とは、心の中の、自分についての責任が自分自身にあるとは信じていない部分であり、神への忠誠を持たない部分であるから、自我には信頼するという能力がない。

(中央アート出版 奇跡講座 T-7.VII.:1)

「自我には信頼するという能力がない」を読んで、まさにその通りだ、と思いました。

わたしは、自分を振り返ってそう思うのですが、長い間、期待と信頼の区別がついていなかったのです。

「信頼して」、そして、あとになって「信じてたのに(信頼していたというつもり)」という考えが浮かんできたとき、よく見てみると、それは信頼というよりも、自分の思い通りにしたい、自分のプラン通りになってほしいという期待だった、と気づいたこともありました。

いまとなっては「期待は信頼ではない」ということは明白ですが、当時は本当にこんがらがっていて、混同していることにさえ気づいていないときもありました。

そして「自分の思い通りにしたい(コントロール欲求)」を直視することをとてもこわいこと、嫌なことだと思っていたので、長い間、後回しにしてきました。

そんなとき、セラピーやヒーリング、カウンセリング、セッション(そして、病院も)は、わたしにとってはまさに聖霊の計画でした。

そこで、たくさんの「信頼」を受け取りました。

当時は「信頼を学んでる感」はありません。

けれども、確かに、心では本当に貴重なものを受け取りました。

それが、どんなに素晴らしいかを、言葉にできる範囲を超えています。

たとえば「期待できる効果」があり、それ自体は受け取ったり受け取らなかったりしたとしても、

それを遥かに超えるものを、受け取っていたのです。

そこでは、やはり「ひとりでいる」より、断然時間がかからない、奇跡を受け取っているかのようでした。

「一時的にはよくなったけど、元に戻る」

「ブロックをとった、とってもらったはずなのに元に戻る」

の話に戻ると、これは「わたしの心の選択」という話につながっていきます。

自我とは、心の中の、自分についての責任が自分自身にあるとは信じていない部分であり、

神への忠誠を持たない部分であるから、

自我には信頼するという能力がない。

(中央アート出版 奇跡講座 T-7.VII.:1)

ここでいう「神」や「心の選択」や「自分についての責任」とはなんなのでしょうか。

一体、どんな「よい知らせ」を伝えてくれているのでしょうか。

そんな思いと共に練習を重ねていくと、

・愛、幸せ、自由・・・

・自我を教師に選ぶ選択も、聖霊を教師に選ぶ選択も、わたしの心に選択する力がある

・いま、幸せを受け入れる責任がある

このようなことが少しずつ、明らかになっていきます。

このように、自分のマインドをよくみて、理解して、ゆるし、自分自身の中にある神聖な光輝きに気づくことでしか、本当の幸せを生きることはできません。

なので、

「一時的にはよくなったけど、元に戻る」

「ブロックをとった、とってもらったはずなのに元に戻る」

というのは、そういうふうに思えることもあるかもしれませんが、

わたし自身の経験としては、当時のわたしの想像を超えたものを受け取る場であったし、

あのときのあの状況で、わたしは「期待したり、期待されたり」「圧をかけたり、圧をかけられたり」というようななかにいると信じて、信頼を忘れ果てていたので、まさに乾いた喉に与えられた水のようなものでした。

けれども、ほんとうの幸せを受け入れるために、わたし自身も、マインドを見て、理解して、ゆるす、心を恐れから解放する、ということを学ぶ必要がありました。

あなたの為すべきことは、愛を探し求めることではなく、

ただ自分自身の中に築き上げてきた愛を阻む障壁の全てを探して、見つけ出すことだけである。

(中央アート出版 奇跡講座 T-16.IV.6:1)

目次