1. 生理的欲求
呼吸、食事、睡眠、排泄など、生命を維持するための本能的な欲求。
2. 安全の欲求
病気や事故から身を守り、経済的・心身ともに安定した環境で暮らしたい欲求。
3. 社会的欲求(所属と愛の欲求)
家族や友人、会社などの集団に所属し、仲間から受け入れられたい欲求
4. 承認欲求
所属する集団から認められたい、尊重されたい、自分の能力を発揮して評価されたい欲求。
5. 自己実現欲求
自分の持つ可能性を最大限に発揮し、「こうありたい自分」になりたいと願う欲求。
6. 自己超越の欲求
マズローの欲求階層説です。
「マズローの欲求階層説」と検索すると「三角形のピラミッド型の図」が出てきます。
一番下が、生理的欲求。二番目が安全欲求。・・・と続いて、三角形の中の一番上が自己実現欲求。
それを超えたところに自己超越の欲求があるようです。
前回、前々回と、マズローについてのブログを書きながら、思ったことがあります。
マズローの欲求階層説のブログを書きながら、
「この願いだけ叶わない」
「願いはあるけど具体的に何をどうすればいいのかわからない」
「満足していないわけではないけれども、何かが足りないような気がする」
「何をしたらいいかさっぱりわからない」
「お金がない」
というテーマでセッションさせていただいていたことが、思い出されていました。
1から順に上がっていくのではなく、6を認めることが必要
という「感覚」がしました。
「一番下から積み上げていく」のではなくて、
「三角形の一番上から、何かが注がれて、三角形全体が満たされている」みたいなイメージが浮かんだんです。
なので、たとえば、「お金がない」というテーマの場合、
これはもしかしたら「安全の欲求」のところの必要・願いかもしれません。
「お金がない、お金がほしい、経済的に安定していたい」と思うのは、人間として普通のことというか、ある意味健康的なこととも、言えるでしょう。
このとき「経済的に不安だから、なんとかしなくっちゃ」とやると「なぜか、どんどん、なくなっていく」「なぜか、どんどん、不安が大きくなっていく」というようなことがあります。
けれども、同時に、「自分自身の中に神聖な目的に集中したい」という願いも、自分のなかに、見つけることができたなら。
そして、「自分でなんとかするのではなく、大いなる存在にゆだねたい」という願いを、自分の中に、見つけることができたなら。
「三角形の一番上から、何かが注がれて、三角形全体が満たされている」イメージで、
社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求の階層も、その”何か”で満たされ、自由に動ける、流れる、はこばれていく、広がりを見届ける・・・
そんなイメージを受け取りました。
1.生理的欲求。
2.安全の欲求。
3.社会的欲求(所属と愛の欲求)。
4.承認欲求。
5. 自己実現欲求。
とありますが、だんだんと「関わる人数・心が多くなる」「フィールドが大きく広くなる」「関係性もより深く、親密になる」ような側面がある、と解釈することもできるかもしれません。
その中で「自分でなんとかしようとする」というのは、かなり過酷な労働というか、相当に、きついことだとおもいます。
そういう意味でも「自分でなんとかしようとすることを手放す」タイミングだったのかもしれません。
だんだんと「関わる人数・心が多くなる」「フィールドが大きく広くなる」「関係性もより深く、親密になる」・・・
それを予期した心は「自信がない」感じがしたり、なぜか「迷いが多くなる」「行動できない」となったり、という形でサインを送ってくることもあるようです。
そこには「成功への恐れ」「幸せへの恐れ」「愛への恐れ」「本当の自分自身への恐れ」があるかもしれないけれども・・・
誰の中にも「5段階欲求、そして、6段階目の欲求」があるとしたら。
6段階目の欲求、それは自分はエゴではないことを実証すること、全体性への献身、一体性・・・
そんな祈りが自分自身の中に、実はすでにあって、「祈りはすでに与えられているもの」だとしたら・・・。
ほんとうに、何もする必要はない、どこにも問題はない、ということが見えてきます。
愛を見たい、という願いのもと、「自分より大きなものとはなんだろう」と大きく心を開いているだけでいい、という感じがしてきます。