抵抗日記

今日、おそらく、「こんなのひさしぶりだ」と言いたくなるほどの抵抗が出てきていたかもしれない。

感情、思考、感覚的な抵抗は、もう「毎日」といいたくなるほど出てきていたようにも思うけど、

今日は、ひさしぶりに身体的な感じだった。

まず、朝起きたときから「全身がだるい、重い、不快だ、動けない・・・」みたいな感じがしていた。この感じ(ここまでの感じ)はひさしぶりな気がした。

そして、午前中は「気候のせい、周期的なもののせい、今日変な夢を見たせい」にしようとする考えが何度か出てきていて、でも、それ自体はリアルに感じなくなっていた。

そして、こうしてブログを書いていて。

そのなかで、さらに、「自律神経が」「エネルギーが」「疲労が」「無理をしすぎないようにしなきゃ」「休まなきゃ」などなど、いろんな考えが、現れては、通り過ぎていく。

そのまま、エゴの声に耳を貸す努力はやめたい。。。と思っていて。。。

そして、いま、今日、午前中〜昼間、活動し、楽しみ、喜びが分かち合われていったことが思い出された。(「身体が重だるくて力がない」という主張はなんだったんだ・・・)

エゴの中に入ったまま、身体に投影して、さらに問題を外に散らばせて、その物語に入っていこうとしていたような、そんな感覚がしていたけど、それは、そのまま、愛がそのまま溢れ出していた、というような感じがした。

「そのまま愛が溢れ出していく」・・・それを嫌がっていた、恐れていたのかもしれない?と思ったところで、さらに思い出したことがあった。

最近(ここ2〜3日くらい)の間で、想定外の展開(文字通り、誰も想定することなどできなかったような展開)のようなことがあって、それは、とても喜ばしいことで、そこで、それに関わっているうちの一人が「恐れが出てきている」という状況だった。

実際「恐れがある」という話を本人がしてくれていて、それは、わたしの中に、何度も出てきたことのある恐れだった。

わたしは、しばらく、ただただ開かれているような、なんともいえない感じがしていた。

わたしは心から、聖霊が見せてくれるものを見たいと願っている。

そして、今日、数年ぶりなのではないか、というような「理由がよくわからない身体の重だるさ」みたいな感じがしていた。

もしかしたら、エゴは、本当に、全力で、「過去の闇の中」に引き留めようとしていたのかもしれない、と思った。

これまでを振り返っても「奇跡→抵抗→奇跡→抵抗」みたいなことはたくさんあって「こうして、洗い流されていく」という感じが何度もしている。

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