「光のバウンダリー」について思っていると、身体感覚について書いてみたくなった。
ずっと前「全身の痛みのピーク」を迎えていたときがある。
何か深刻な病気なんじゃないかと考える一方で、「これは身体の病気とか、病院行く感じとか、そういう感じじゃない」という、かなりはっきりとした感覚があった。
しばらくの間は、それまでもそうだったように「その痛みに対する対処、よくしようとする努力」を続けていたけど、あるときから「そういう感じじゃない」というかなりはっきりとした感覚がどんどん強くなって「この不調について解明したい、原因を明らかにしてなんとかしたい、なんとかされたい」という方向に向かえなくなってしまった。エンジンがかからなくなったような感じ。
そのピークが過ぎたころ、今度は、全身が重だるくなった。倦怠感みたいな感じで、あのときはとても不快だと感じていたことを覚えている。
そのあとは、全身の感覚、「エネルギーの動きのようなもの」を、かなりクリアに感じるようになった。
身体感覚が「フラットな現象」としてクリアにみえるような感じのことも少しずつ出てくるようになった。
自分の姿勢とか歩き方のようなものがやたら気になるようになった時期もあった。
やたらと身体を動かしたいような、歩き回りたいような感じの時期もあった。
あまりにも軽いような感じで、疲れしらずのような、まるで風船になったような時期をしばらくすごしていた。
そして、あるときから「重み」を感じることが増えてきた。この「重み」のようなものは最近定着してきたような気がする。
この「重み」は、以前感じていた「重だるい感じ、倦怠感、不快」ではなくて、どちらかというと、
「ものすごく気持ちのいい昼寝でうとうとしているような感じ」とか、
「じっくりと温泉であたたまったあとにぼやーーんとしている感じ」とか、
「一日中動き回ったあとに家に帰ってごろんと横になって全身で重力を感じている感じ」とか、
そういう感じに近い感じかもしれない。
もしかしたら、あの「全身の重だるさ、倦怠感」と、いまの「心地のいい重み」は、現象としては、実は同じだったんじゃないか、と思うことがある。(わからないけど)
「全身の身体の痛み」というのも、「全身鳥肌が立つ、電気的な身体感覚を感じているとき」に、似ている気がする、と思うことがある。
ちなみに「全身鳥肌が立つ、電気的な感覚」のときには、心にはなんとも言えない感じを感じる。感謝?感動?喜び?・・・どれもしっくりこないような気もするけどそっち方面。
ぜんぜんよくわからないんだけど、もしかしたらこれも、身体の現象としては実は同じことが起きていて、これもわたしがどうみているのか、どんな無意識的なノイズをはさんでいたか、ということなんじゃないか、という気がすることがある。
「全身の身体の痛み」も「全身鳥肌が立つ、電気的な身体感覚を感じているとき」も、どちらも微細な電気信号が全身を駆け巡っているかのような感覚で、普段の「自分」という枠組みが壊れそうな強い感覚を感じている。
どちらも境界が壊れそうなほどの強い感覚、全身の細胞が振動しているのを感じているかのような感覚。
細胞一つひとつの存在感を感じる中で「このわたし」という輪郭がなくなってしまう感じ。
この感覚はあるときは「恐怖」で、あるときは「言葉にいいあらわせないような感じ(幸か不幸かで言えば完全に幸方面)」で、身体に起きていた現象としてはとても似ている気がする。
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