「波の今」と「光の今」について。
同じ 「今」 という言葉を使っていても、「波の今」と「光の今」はまったく違う次元を指しています。
「今」について、Light Remember版でまとめました。
結論:
波の今=揺れの中心点としての今
光の今=揺れそのものがない場としての今
言葉にすると似ているけれど、心の位置がまったく違います。
光の今とは?
光の今は、
「揺れが存在しない場所としての今」
今というより、どこにもいっていない状態。
波を観ている側、外れている側。
特徴
・静けさそのもの
・時間が伸びたり縮んだり消えたりする
・未来ー過去が薄くなる
・判断がない
・何もしなくても満ちている
・今が「空間」として感じられる
・動かずとも、深いところに「光が在る」
・呼吸が深い
・胸の奥にあたたかさ、やわらかさ、重厚な静けさなど
・すでに在るので、戻る必要さえない「今」
※ガイドラインとしてみた場合、非二元、アドヴァイタ、心理学などの文脈での「今」「今この瞬間」「マインドフルネス」とは、重なるところはたくさんありますが、まったくイコールではありません。
波の今
波の今は、
「揺れのなかで一瞬ここにいる感覚」
「揺れの中心」
波は悪くありません。
ただ波の揺れと一緒に「今」を感じている感じです。
特徴
・注意が外へ向かいやすい
・今ここにいるようで、よく観察してみると未来や過去に触れている
・身体もよく観察してみると、ざわつきや固さ、緊張などがある
・細かく動きが多い
・「今」を感じようとすると、少しがんばりが生まれる感じがする
・「今!!すぐ!!」という切迫感・緊張感・スピード感
・「早く動かなきゃ。早く決めなきゃ。今すぐなんとかしなきゃ」
・未来を先取りしようとする
・未来に何かが起きるのを待とうとする感じ
波の今と光の今の違い(比喩)
波の今→ 浜辺で波と一緒に揺れを感じながら立っている「わたし」。
光の今→ 海全体そのものになっている「わたし」。揺れは表層、中心は動かない。海は波に脅かされていない。
どちらが良い悪いではなく…
これは優劣ではなく心がどこに位置しているかの違いです。
「波の今もある」し、光の今もあります。
ただ、光の今には「疲れ」がありません。
波の今には「揺れに合わせるがんばり」が少しあるなぁ、というのを感じられるかもしれません。
「波の今」→「光の今」に自然に位置が変わっていくということもあります。