前回の記事の続きです。(前回を読んでいなくても大丈夫です。)
ここに掲載するのは、わたし自身も長い時間をかけて試してきた「感情を感じ切るワーク」の一側面を言葉として整理したものです。
ただし、もし、このワークが苦しく感じられる場合は、
無理に行う必要はまったくありません。
ワークはひとつではありませんし、
浅く触れるだけでも十分です。
自分の内側の感覚を尊重しながら「いまの自分にとって安全で優しい距離」を選んでください。
自分自身を急がせず、小さな優しさを練習するところからはじめていきます。
怒りを感じたときのやさしいプロセス
光へ戻る前に、
まず「身体のわたし」と「心のわたし」が安全を感じるスペースをつくることが大切です。
Step 1|怒りを責めずに「ただある」と認める
「ここに怒りがある」「あっていい」「感じていい」
といってあげる。
※認めることは、怒りを拡大するのではなく、エネルギーを穏やかに落ち着かせる最初のステップです。
Step 2|身体のセンサーに寄り添う
胸・腹・のど…
どこにそのエネルギーがあるかを静かに見守る。
Step 3|境界線が破られたかどうかを丁寧に見る
“光のわたし” の視座ではなく、
“身体のわたし” の立場で地に足をつけて確認する。
光の視座に飛ぶ前に、現実の安全を確認することが大切だからです。
Step 4|怒りの奥にある本心・痛みがふわりと浮かぶ
悲しみ、無力感、恐れ、すれ違い…
それらは押し込まれてきた「光のかけら」。
その痛みが浮かぶのは、そこに「光が届こうとしている部分」があるからです。
Step 5|その痛みごと、静けさにゆだねる
ここで初めて「光に戻すワーク」が自然に起きる。
怒り→境界線→痛み→光
という自然な順番を尊重することが、
もっとも優しい「光への道」です。
順番を飛ばすと心は不安や混乱を感じてしまうため、この順番がもっともやさしい道なのです。
怒りは光と分離した証拠ではなく光への入口
怒りが湧くと、
「私はまだ光と一致していないのでは?」
と自分を裁きたくなることがあります。
けれどもLight Remember の視点では、
怒りが浮かぶのは光が近いから。
心の解放、そして、真の自由への準備が整ったから。
光に触れる寸前だからこそ、分離の痛みが浮上するのです。
怒りは「光の入口」。
自分を責めてるためのものではなく、
「重荷としての責任」を背負わせるためでもなく、
光に戻るための導線。
怒りを尊重することで、
静けさの中心へ自然に戻っていく道が開きます。
まとめ:怒りはあなたを光から遠ざけるのではなく光へ戻すためのランプ
怒りを敵にしないでください。
怒りは本来の尊厳と光を守るための大切なセンサーです。
怒りを正当化する必要も、否定する必要もありません。
ただ「知らせ」として受け取り、
身体→境界線→痛み→光
の順番で優しく扱えば、
自然に静けさへ導かれていきます。
怒りは攻撃ではなく、
あなたの光が「ここに戻っておいで」と灯すランプ。
その知らせに耳をすませるとき、
あなたの中の静けさは深いところから息をしはじめます。
おまけ:マントラ
光のマントラがあります。
心で唱えてみて──
心がほっとするもの
胸の奥がやさしくゆるむもの
じんわりとあたたかくなるもの
──があれば、それは、光が「これ」と知らせてくれているものです。
●静けさへ戻る
怒りもわたしの光の一部。
この瞬間、静けさに戻ります。
●境界線・バウンダリー
わたしの尊厳を守る声、そして、やさしく見つめる力をください。
●痛みと光をつなぐ
この怒りの奥の痛みも、光にそっとゆだねます。
●「海のわたし」へ戻る
怒りの波も、わたしを海の中心へ連れ戻してくれる。
●受容
感じていい。ここにいていい。