嫉妬・羨望から内なる光と一致する統合ワーク

Light Remember版

嫉妬・羨望から「内なる光」と一致する統合ワーク

心に原因があり、外はその反映、結果。

「外の光」ではなく、内なる光、本来のわたしの光を思い出すために――

嫉妬や羨望は、わたしが本来の中心から少し揺れたときに出てくる自然なサインです。

悪いものではありません。

人として生きているなら、
誰の中にもふつうに流れる反応です。

そしてこれは、光の視座からすると、

「本来の静かな中心に戻ってきてね」

と教えてくれる、やさしい呼び戻しです。

嫉妬や羨望を通して、

そっと「自分自身の内なる光(才能、在り方、まだ自覚されていない光の性質)」を

思い出すためのワークを置きます。

わたし自身が光に導かれていたものの一側面を言語化してみたものです。

Step 1|嫉妬・羨望を「悪者」にしない

まず大切なのは、どんな感情も責めないこと。

嫉妬・羨望=
「あの人は持っているのに、わたしは持っていない」
「あの人は進んでいるのに、わたしは遅れている」

・・・このように感じたのは、

外側の基準で自分を測ろうとする「揺れているわたし」が出てきていただけかもしれません。

このこと自体はなんの問題でもありません。人としての自然現象。

そんなときは、罪悪感からではなく、心の静けさから、このように思ってみます。

「これは、光から離れているように見えていた、ということだったんだね」

それだけでも、心の緊張はすこし、ゆるみます。

Step 2|「比較している視点」をそっと発見する

嫉妬や羨望の奥には「外側で自分の価値を測ろうとする心」が働いているかもしれません。

  • わたしにはない、足りない
  • あの人の才能は特別
  • あの人の光は大きくて、わたしの光は小さい
  • あの人は進んでいて、わたしは遅れている
  • わたしはダメ

これらは外側の評価のときの心(揺れる視点)がつくり出したもの。

気づいたら、やさしく言ってあげます。

「ああ、いま少し不安になっていたんだね。」

これは「間違っている」のではなく、

ただ視点が外側に寄っていただけ

人間なら誰もが経験することです。

Step 3|身体センサーで「揺れ」を見つける

Light Rememberのワークでは、
身体の反応を大切にしています。(※)

嫉妬や羨望が出た瞬間、身体は何を語っているでしょうか。

  • 胸がざわつく
  • みぞおちが重い
  • 喉が詰まる
  • 頭がきゅっとする

これらは「光から少し離れたという視点を信じようとしたよ」というサインにすぎません。

そのままでOK。
整えたり、追い払う必要もありません。

光と共にあるワークにおいて、身体は、気づくだけで、静かな中心へと方向を向け直してくれます。

Step 4|「本来のわたし」に戻る小さな橋

小さな橋としての言葉:

「わたしは、もともと光の源とひとつだった」

小さな橋としての問いかけ:

「わたしはここに、どんな光の性質を見ていただろう?」

「この人に見えた光は、わたしのどんな部分を思い出させてくれているだろう?」

問いかけは、光とひとつの心に向かって、
優しく、静かに問いかけます。

「答え」が浮かんでこなくてもOKです。答えが浮かんでこないのはよくあること。

「問いかけること」が重要です。

嫉妬や羨望は、「本来のわたし」としての光の源が「外側の誰か」にあるように見えたときに起きます。

けれども、本当は —
光はいつも内側にあり、外に見えた光はただの反射。

胸の奥にある静かな場所にそっと意識を向けてみると、比較も不足も存在しないところがあります。

それが「本来のわたしの中心」です。

嫉妬羨望という「サイン」に立ち止まったからこそ「ほんとうは内側にあった光」「本来のわたしの中心」に戻ることができた、ということでもあります。

Step 5|光の視点に戻ると見えるもの

嫉妬の波が静まると、
こんな理解が立ち上がってきます。

  • あの人に見えた光は、わたし自身の光を思い出させてくれていた
  • わたしの光は欠けていない
  • わたしは遅れていない
  • 光は奪い合うものではなく、ひとつの源から溢れている
  • わたしの表現は、わたしにしかできない“固有の角度”を持っている

嫉妬は「わたしの中の光の源に戻りたい」という深い光への衝動の裏返し でもあります。

嫉妬が起きた瞬間光への帰還はすでにはじまっています。

そして、自分自身が立ち止まり、気づいてあげることで、その帰還が完成していきます。

Step 6|最後に光へ戻る短い祈り

例:

外側の比較ではなく、内側の光から真に見たい。

他者に感じた光も、わたしの中の光も、
いま、ひとつとして、わたしの中に思い出します。

わたしは光と共に見ます。

まとめ

嫉妬や羨望は自分を責めるためのものではなく、

本来の光へ戻るための「入り口」です。

外側の誰かが特別に輝いているように見えたとしても、

それはあなたの中にある光が「ここだよ」と呼んでいるだけ。

このワークが「本来の光」にやわらかく戻る小さな橋になりますように。

関連記事:憧れ・嫉妬・羨望を光の視座で見る:感情が教えてくれていること

(※)「Light Rememberのワークでは、
身体の反応を大切にしています」についての関連記事:「身体の立ち位置」(要点のみ)