ときにわたしたちは「結果(状況、他者、未来・・・)を思い通りにしたい」「どうにかして自分の力で形を整えたい」と強く願うことがあります。
聖なる存在は、それが“外に力を探している”サインだと優しく教えてくれます。
ほんとうの力は、外の形を動かすことではなく、愛の流れに一致すること、心を静けさの源に戻すことにあります。
そして、そのほんとうの力を受け入れる力は、わたしたち一人ひとりの中に、すでにあります。
この祈りは、その静けさへ戻る小さな橋です。
がんばる代わりに、ゆだねる・・・
求める代わりに、すでに与えられているものを思い出す・・・
その瞬間、わたしたちは、本当の自分自身の感覚・・・聖なる導きとひとつになります。
心の力に戻る祈り
わたしは、何かを手に入れよう、思い通りにしようと力む手を、今、静かに開きます。
わたしの中にある真の力は、奪うことではなく、与えることの中にあります。
与えるということは、何かを“する”ことではなく、愛の流れにゆだねる“あり方”のことです。
愛よ、どうか思い出させてください。
求めるかわりに、すでに与えられているものを見せてください。
あなたの意に沿った祈りは、必ず応えられます。
すべてのことに幸せな結果が確実です。
神の意志は、天で行われるごとく、地にも行われます。
その通りでありますように。アーメン
わたしは、
「結果(状況、他者、未来・・・)を思い通りにしたい」
「あれがほしい、あれを手に入れなきゃ」
「こんな自分にならなくっちゃ(理想の自分になろうと努力してセルフコントロールする感じ)」
・・・という「外に力を求めるエネルギーの動き」を、長い間、自分の中に感じながら過ごしてきたように思います。
あるときは、それを開き直って正当化してみたり、
またあるときは、その欲求を禁止し、抑圧しようとしてみたり、
そんなふうにして、生きてきたように思います。
けれども、そんなわたしを優しく心の力へと引き戻してくれたのが、心の教えであり、奇跡であり、赦しであり、そして祈りでした。
大きな愛に触れるたびに、何度も恐れがあがり、何度も疑いが生まれ、何度も逃げ出したくなりました。
そんなとき、2018年にインスピレーションによって与えられたのが、ブログであり、セッションであり、共に心に戻り、共に愛を思い出してくれる方たち、
そして、その中で、どんどん延長されていった奇跡の体験や気づきのシェアでした。
今でもわたしの中には、まるで癖のように、外側に力を見たり、結果を求めたり、こうなってほしいと思ったりする、「外に力を求めるエネルギー」が現れることがあります。
けれども今は、それを禁止したり、抑圧したり、見て見ぬふりをしたり、あるいは開き直って正当化するのではなく、祈りに戻る機会として立ち止まり、「真実の愛にふさわしい存在である」ということを思い出す練習を続けています。