言語化と関係性

※継続コース(セッション6回+質問票+メールサポート付き)の期間限定募集は、上限に達しましたので、受付を終了いたしました。ありがとうございました。

言葉にすること(できるだけ率直に、ストレートに言語化すること)は、「絶対にしなければならないもの」ではありませんが、闇を明るみに出す、ゆるす、心を選択しなおす(奇跡を受け取ることを選ぶ)ためにとても大きな力になってくれます。

自我(エゴ)の最大の特徴は、恐れ・罪悪感・怨恨(取込)・不足の信念・自分や他者への裁きを、

心の中に隠し持って、見ないようにすることです。それによって、自我(恐れ)はマインドの中で生き延びようとしている、みたいな感じです。隠されたもの、見ないようにされたものは、投影され、「一体何でこんなことに」「同じことの繰り返し」というような分離ドラマを作ります。

自分が思っていること、見ていることを明確に言葉にして表現することは、隠されていた罪悪感や恐れの無意味さを認識する作業でもあります。

暗闇は光の中に持っていくことで消滅します。

具体的に言語化することは、自分がいかなる誤解や前提に囚われているかを客観視するためでもありますが、

言語化しないままだと、感情の波に飲み込まれたり、恐れの物語にどっぷりとつかってしまったりして、これを「なんとなくやりすごしている」と「自分が何に恐れているのか」すらわからなくなることがあります。自分が無理していることや、自己卑下していることさえ、気づかなくなることがあります。

言語化は、あなたの中の心の光と共に見る視点に立つための第一歩です。

「これがリズムに乗ってくるだけでも、楽しい」とおっしゃる方も多いです。

「心が自我(恐れ)を選択していた」ということに気づいたなら、選び直すこともできるということです。

「これはエゴの思考で、わたしはいま、心の平和を選ぶことができる(心に選択する力がある)」と言語化し直すことで、心の中で「奇跡(知覚のシフト)」を選択する力を取り戻します。

このプロセスを通ることで、言葉の不要な「完全な平安、真の沈黙、光輝き」が訪れます。

これは「一生に一度の大仕事」と思うとプレッシャーや焦燥感を感じることがあるかもしれませんが、

「生き方、在り方」として受け入れたとき、あらゆる方面から与えられていたギフトを受け取ることになります。

こうやってみると、その意味で「言語化」とは、まさに心の中の暗がりを照らし、ゆるしを通じて内なる光へと帰るための祈りのプロセスのようだと思いました。それは、言葉さえも不要な、ひとつとして溶けていくような祈りへと導いてくれます。

その歩みの中で、日常生活の中での実際の体験、実際の”誰かとの関係性”の中では、

この祈りのプロセス全体・・・

現時点での自分の思いをそのままに言葉にすること。わずかな意欲を見つめて、捧げていくこと

・・・がそのまま反映されているかのようだ、と思うことが何度もありました。

壁を作ったり、相手の反応に振り回されたり、すれ違ったり、一緒にいるはずなのにさみしさを感じるような関係性から、そのままの思いを言葉にし、尊い存在として愛し愛されることを思い出していく経験です。

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