期待と裏切りのメカニズム(日常例で見てみる)

セッションなどで、

「期待したら裏切られる(それなのに期待が浮かんできてしまってこわい)」

「期待してしまう(期待したらいけないのに)」

などのお話をお聞きすることが多かったので、期待と裏切りのメカニズムについて、ここに置いておきたいと思います。

「期待」とは自我の交換条件

わたしたちが通常呼ぶ「期待」の多くは、「特別な関係(※)」に基づいています。

※特別な関係というのは奇跡講座で出てくる用語です。講座を知らない方向けの言い方をすると「愛の顔をした依存」のことです。

「特別な関係」や「愛の顔をした依存」が悪いとか、未熟であるとか、問題であるということではありません。人間なら誰しも持っているエゴの防衛本能みたいな感じです。

そして「エゴは自分ではない」と気づいていくのが心の癒しであり、目覚めであり、解放であり、自由であり、救済です。

そのためにもまずは無自覚に同一化していたエゴに気づいていく、みたいな感じでもあります

欠乏感の埋め合わせ

エゴは「自分は足りない存在である」という罪悪感を抱えているため、それを外の誰かに埋めてもらおうとします。

(例)自分は力不足なので、パートナーに家事を手伝ってほしい

無意識の契約

「わたしはこれだけやってるのだから、あなたもそうして当然」「わたしだってそうやってるんだから、あなたもそうすべきだ」という無意識のギブ・アンド・テイクが期待の正体です。

無意識なので、最初は自覚がないことがほとんどです。

(例)パートナーも働いているけど、自分も働いている。わたしはあれもこれもしてきた。そんなわたしをパートナーは何も言わなくてもきっと一緒に家事を手伝ってくれるだろう。そうに決まってる。父も母と一緒に家事をしていたし。等々。

その結果

この「契約(エゴの働き)」は相手の同意なしに一方的に結ばれることが多いです。

「無意識のうちに自己完結してた(=わたしはこれだけやってるのだから、あなたも当然そうするだろうと思い込んでいた)」みたい感じです。

そして、相手が思い通りに動かないと、エゴはそれを「攻撃」や「裏切り」や「わたしを大切にしてくれていない証拠」のように解釈します。

(例)結婚してみたら、パートナーがまったく家事をしない。わたしの方が遅く帰ってくるときもあるのに(怒り、イライラ、絶望、裏切られた感、愛されてない感・・)


「じゃあ、手伝ってほしいと期待しちゃいけないの?」

上記の例で、

「じゃあ、手伝ってほしいと期待しちゃいけないの?(一生ワンオペなの?)」と絶望するとき・・

期待とリクエスト(依頼)を分けて捉えてみるといいかもしれません。

「(相手に)期待しない」ということは、何も頼まないということではありません。

形(やってくれるかどうか)に自分の幸せを人質に取らせないということです。

そして、心が平和な状態で「手伝ってほしい」と伝えるのと、欠乏感から「やるべきでしょ!」と期待をぶつけるのとでは、結果が同じでも心の安らぎが全く違います。

このように考えてみても、心の平和というのが一番だということが感じられてきます。

裏切りは投影

「外側に起きていることは、すべて内側の投影・反映である」というところでいうと、

自己攻撃の転嫁


私たちは無意識のうちに「自分はどこかダメな存在だ」という罪悪感を持っています。

その重荷に耐えられず、外側に「悪い人(裏切る人)」を見つけることで、自分を「正しい被害者」に仕立て上げ、心の痛みを外に追い出そうとしてしまうのです。

これが裏切りのドラマの正体です。

「被害者」のメリット

「被害者」でいる限り、自分は正しい存在でいられます。

「悪いのはあっちだ」と言えるからです。

これがエゴが裏切りを(無意識に)必要とする理由でもあり、「エゴの自作自演ドラマを作る」の構造でもあります。

このことは「悪いこと」とか「良きこと」などの話ではなくて、エゴの働きの話です。

ここでいうエゴは一般的な意味合いでのエゴ(あの人はエゴイスティックな人だなど)のエゴではなく、人間なら誰しも持っているマインドの運動のある側面みたいな感じです。

「期待」から「信頼」へのシフト

・「期待して裏切られるのはもう疲れた」

・「エゴの【わたしは裏切り物語】を繰り返すのはもううんざり」

・「裏切られるおそれから解放されたい」

などの”本音”が出てきているときは、恐れから解放されて、「足りないわたし、被害者のわたし」というエゴの幻想から自由になる準備が整っているタイミング、その応援を一番受けやすいタイミングです。

では「どうすれば恐れから解放されるか」というと、

奇跡講座では「期待を手放し、信頼に移行する」という練習をしていきます。

期待

対象:相手の具体的な行動や結果

動機:自分の欠乏を埋めるため

結果:外れると怒りや落胆が生まれる

信頼

対象:相手の中にある”聖性”、”愛”

動機:心が平和であることを選択するため

結末:どんな形になっても「学び」となる(※)

「期待」は特定の形に執着しますが、「信頼」は内容(愛)にフォーカスします。

※どんな形になっても「学び」となるについて

ここは光が近づいているときほど「エゴの大騒ぎポイント」になるところかもしれません。

どんな形になっても学びになる、というのは『我慢して耐える』ことではありません。

誰かとの関係や状況を通じて『あぁ、私はまた形に執着して自分を被害者にしようとしていたな』と気づき、心の平安を選び直す練習ができたなら、それはエゴのドラマを終わらせるための大きな前進(学び)です。

シフトのための心の整理

「期待を手放し、信頼に移行したい」という思い(ささやかな意欲)さえあれば、もう十分すぎるほどです。

その上で、以下のプロセスを意識していくと整理されやすくなり、シフトがスムーズになるかもしれません。

(1)形への執着を認める

「わたしは相手に、こういう形(言葉、態度、結果)で愛を返してほしいと願ってたんだね」と、優しく、静かに、認めます。

(2)目的を問い直す

「この期待の目的は、自分を正しい被害者にすることか(エゴの目的か)?それとも心の平和を感じることか(聖霊の目的か)?」と問い直す。

(3)神さま(聖霊)に差し出す

(例)たとえば「自分ばかりがんばって仕事も家事もして、パートナーは自分の好きなことばかりして手伝ってない。こんな人だとは思わなかった。(極端にいえば、裏切られた、と言いたい)」という場合。

まずは「わたしはこう思っているようです」という気持ちを、そのままぜんぶ、神さまに聞いてもらいます。(紙に書き出してもOK)

そして「裏切られた」と感じる知覚を、別の見方に変えてもらえるように祈ります。

このように、恐れから愛へと見方を変えてもらうことが赦しであり、奇跡です。

(よくある誤解)自分で「ポジティブに見ようと努力する」「そのままでも感謝できるように努力する」ということではありません。

(0)日々のプラクティス

「期待する」というエゴの動きは、ほとんどが無意識のうちに行われます。

また、一度その仕組みに気づいたからといって、二度と期待しなくなるわけではありません。

エゴは形を変えて、何度も「期待と裏切りのドラマ」を仕掛けてきます。

ですから、がっかりしたり疲れたりといった「結果」が起きてから対処するだけでなく、日々の静かな時間にこう自分に問いかけてみることもできます。

私はこのこと(人・出来事)に、どんな『形』の期待を投影しているだろう?

答えを無理に探す必要はありません。

ただ問いかけ、浮かんできたものを光(聖霊)に差し出す練習を重ねていく。

その一歩一歩が、外側の状況に左右されない「心の平安」へと戻り続ける、奇跡のプロセスになります。

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