セッション・グループレッスンのこと

いつもパワフルな癒しのひとときをありがとうございます。

今日はなんだか、「パワフルな」という言葉を「癒し」の前に、くっつけたくなりました。

いつもありがとうございます。

今日は、

「(1)個別セッション×3回」と

「(2)バウンダリーについてのグループセッション」のお知らせです。

どちらもリクエストいただき、ほんとうにありがとうございます。

(1)個別セッション×3回について

ときどき限定でセッション×3回の募集をさせていただいていました。

(去年は年末年始や春頃に「奇跡と祈りの個別レッスン×3回」など)

こちらはよくリクエストをいただいており、裏メニュー化していました。

この度、常時募集中メニューに仲間入りすることになりました。

最近は、奇跡と祈りの個別レッスン×3回や6回コースの最終回が続いていたのですが、

一人ひとりとの最終回のたびに「光の輪っかのイメージ」が心に浮かんできていました。

「輪っか」というところで、募集のときに「タロットカードの運命の輪のカード」が浮かんでいたことを思い出しました。

象徴の解釈は色々あると思いますが、「(運命の輪)分離の因果サイクル」から「(光の輪)すでにいまここにある”光”」への入れ替え・・という感じがして、なんだかしっくりきました。

「すでにいまここにある答えを受け取る、共に見る」という喜びの瞬間が延長されていく感じ。

その喜びや感謝の中ではじめて心は癒やされていくような・・そんな感じを感じていました。

セッションページを書いているときに「Divine Order」という言葉がずっと浮かんできていたので、セッション名をDivine Order Sessionにしています。

(2)光の境界線・バウンダリーについて

先日募集しておりました「光の境界線・バウンダリーのグループレッスン(満席)」もリクエストいただきまして、こちらは1Day バージョンで再募集です。

バウンダリーは、移行期・転換期のとき、そして、敏感繊細感度が高いというとき、とても助けになってくれます。

「バウンダリーとは、自分と相手を守るためのもの」といわれます。

無意識的にバウンダリーについての認識が分離ベースになっているとき、それは、「攻撃されるかもしれない」「相手から奪われる、踏み躙られる、蔑ろにされる」「自分は力不足だ、無力だ」などの恐れが前提になっているときでもあります。

すると、心は「守り疲れ」を感じたり、「心がつながりを感じられない」という分離感や孤立感を感じたり、さみしさが強まったりすることがあります。

しかし、光ベースで境界線、バウンダリーをみていくと、それはただただ、優しいもの、本来の姿、自然体を自分自身に許可していくことである、ということが、はっきりと、みえてきます。

それは「バウンダリーとは、ただ”わたしという存在”の自然体、そのままで存在するということだった」という位置に立つということ、

もともと自分自身の中にあったその周波数(ラジオチャンネルみたいなイメージ)が自然と現れてくるイメージです。

「光のバウンダリー」といっても、それはめずらしい新しいことというよりも、あまりにも身近なもので、おそらくほとんどの方がすでに知っている感覚だと、わたしは思っています。

「(本当はとてもこわいし、嫌だけど)勇気を持って自分の意見をいう(自分を守るためにはそうすべきだ)」という一択ではなくて、

ただただ光のここちよさに身をまかせる、その中で、自分の意見を言うことになるかもしれないし、言わないままでいるかもしれないし、思いもよらない展開を受け取るかもしれない・・

いずれにせよ「わたしがすること」は、心に安らぎや幸せを受け入れることを選んだだけだから、あとを引きずらない・・

そんなイメージです。

そんな「すでに自分自身の中にある光」をみなさんと分かち合う、(分離の恐れチャンネルのボリュームではなく)光チャンネルのボリュームをきいていけたらいいな、と思っています。

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