心の癒しの3段階

仮置き。

段階視点感覚
治療期被害者・加害者の二元論自分の痛みを認め、守る必要がある。物語やタグが必要。
変容期赦し、責任の視点過去の配役から自分を解き放ちたい。物語やタグの重要度が下がる、不要になってくる。
〇〇期ただあるがままを受け入れている状態問題そのものが存在していなかった。最初から自由だった

「段階」について書いていると、どんなときも慈しまれ、愛られ、祝福されているという感じがしてくる。

上記のように、心の癒しのプロセス(仮置き)において、「被害者・加害者」という枠組み、物語が必要なときはあるとおもう。

この表をながめていると、「被害者・加害者」という枠組み(物語・ストーリー)を使うことは、自己を保護し、混乱を整理するために必要なツールという側面もあるとおもうし、この時期の自分自身への寄り添い、優しさは土台になるとおもう。

「もう責めるのは疲れた」とか「もう相手を責めたいとかそういうわけじゃない」となることがあって、それは「変容期〜〇〇期」への”誘い”のサインかもしれない。

「〇〇期」としたのは、ぴったりくる言葉がないから。

「被害者」という言葉は、たとえ慈愛に満ちた文脈であったとしても、どうしてもどこかに「弱さ」や「欠け」を前提として含んでいて、

その前提の向こうにある真実の姿を見ること、見てもらえることは、本当の意味での癒し、忘れ果てていた力を思い出すような、引き出されるような経験だとおもう。

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