仮置き。
| 段階 | 視点 | 感覚 |
| 治療期 | 被害者・加害者の二元論 | 自分の痛みを認め、守る必要がある。物語やタグが必要。 |
| 変容期 | 赦し、責任の視点 | 過去の配役から自分を解き放ちたい。物語やタグの重要度が下がる、不要になってくる。 |
| 〇〇期 | ただあるがままを受け入れている状態 | 問題そのものが存在していなかった。最初から自由だった |
「段階」について書いていると、どんなときも慈しまれ、愛られ、祝福されているという感じがしてくる。
上記のように、心の癒しのプロセス(仮置き)において、「被害者・加害者」という枠組み、物語が必要なときはあるとおもう。
この表をながめていると、「被害者・加害者」という枠組み(物語・ストーリー)を使うことは、自己を保護し、混乱を整理するために必要なツールという側面もあるとおもうし、この時期の自分自身への寄り添い、優しさは土台になるとおもう。
「もう責めるのは疲れた」とか「もう相手を責めたいとかそういうわけじゃない」となることがあって、それは「変容期〜〇〇期」への”誘い”のサインかもしれない。
「〇〇期」としたのは、ぴったりくる言葉がないから。
「被害者」という言葉は、たとえ慈愛に満ちた文脈であったとしても、どうしてもどこかに「弱さ」や「欠け」を前提として含んでいて、
その前提の向こうにある真実の姿を見ること、見てもらえることは、本当の意味での癒し、忘れ果てていた力を思い出すような、引き出されるような経験だとおもう。