母が退院してきてから、「ごめんね、お母さんのせいで、Rは恋愛してる暇もないね」と
言われたことがあって、その言葉にすごく動揺しました。
私は「お母さんのせいで(恋愛もできない、うまくいかないし)、私はこんなに不幸!」と、
いままで何回も思ってきたけれど、本当はもう、母に対しても、そう思いたくないし、
父に対しても、「お父さんのせいで!」ともう言いたくない…と心底思ったんです。
そのあとで、私は本当は
「お父さんにもお母さんにも、産んでくれて、命を授けてくれてありがとう」って言いたい!
いろんな願いが叶って、味わいたい感覚って「生きててよかった、生まれてきた良かった~!」って
言えること、それって、両親に感謝していることだって。
これが、私の本心、本当に望んでいることなんだと気付きました。
でも、いまは、両親に対して、心からそう思うことができないから、苦しいし、
死んじゃいたくなるのかな…と思いました。
※ご本人に掲載許可をいただいております。Rさんありがとうございます。
こちらは、継続コース受講中のときに、Rさんからいただいていた気づきのシェアです。
私は「お母さんのせいで(恋愛もできない、うまくいかないし)、私はこんなに不幸!」と、
いままで何回も思ってきたけれど、本当はもう、母に対しても、そう思いたくないし、
父に対しても、「お父さんのせいで!」ともう言いたくない…と心底思った
わたしも、心底、このように思ったことがあり、心に深く響くものがありました。
「もう、ほんとうに、親のせいにも、誰のせいにも、何のせいにも、したくない」
私の場合、この思いは、散々「親のせい、誰かのせい、何かのせい」にしつづけたからこそ(=それを自分が自分に隠したくないと思いながら、見つづけてきたからこそ)、
心の奥の奥の深いところから、出てきた思いだったと、今ではそんなふうに感じています。
そして、そのあとで・・・
「お父さんにもお母さんにも、産んでくれて、命を授けてくれてありがとう」って言いたい!
いろんな願いが叶って、味わいたい感覚って「生きててよかった、生まれてきた良かった~!」って
言えること、それって、両親に感謝していることだって。
これが、私の本心、本当に望んでいることなんだと気付きました。
これは、わたしも、全く同じことを、思ったことがありました。20代の頃でした。
そのときの、わたしは、正直にいえば、奇跡というよりも「この世界での体験(五感で感じられる体験、もの、結果)」を求めていました。
同時に、自分自身と向き合っていたのですが、あるとき、
「もし、わたしが願っているあれもこれもそれも全部叶ったら、わたしは、この心は、どんな感じだろう?」
という問いが浮かんだのです。
そしたら「真っ先に両親に感謝するだろう」という思いと、映像、
心から自然と溢れ出る幸せ、喜び、感謝の感覚を感じたのです。
その後も、両親のせいにしてしまう見方が出てきたり、自分を正当化したくなる考えが出てきたりしましたが、
それでも、このときに受け取ったヴィジョンは、わたしを、想像をはるかに超える幸せが散りばめられた癒しの旅へと導いてくれました。
こちらのメールを読んで、
Rさんの中にある光と、わたしの中にある光が、ひとつである、同じひとつの聖なる存在に導かれている。
同じひとつの恩寵の中でくつろいでいる安心感
・・・という感覚、安心と心強さを受け取りました。
ちなみに、先日のオンラインクラスで、Rさんがシェアしてくださったときのお話と同じです。
そして、お花の写真は、こちらのメールと共に、Rさんが送ってくださった写真です。
Rさん、いつもほんとうにありがとうございます。
心から感謝しております。