「過去の嫌な記憶がひっくり返った」(気づきのシェア)

こんにちは。

お金の不安、恐怖がぶわぁ〜っとあがってきまして…感じ、祈り、織絵さんのブログ読んで、内観していたら、

お金を受け取ることにブレーキをかけていない?

パッと浮かんだのは母の顔でした。

年に一度帰省してくる叔母(母の妹)におこづかいをもらったとき、当時小学生の私はとっても嬉しかったけど、母は「そんなにもらって…」と嫌そうな、困ったような感じでした。

たぶん、叔母にも子供(私のいとこ)がいるから、同じように返さないといけないのに、返すお金がないという罪悪感みたいなものが母にはあったのかもしれない…もらってばかりで悪いって感じ。

私は、叔母からもらったおこづかいで、年下のいとこにプレゼントを買うよう母に言われ、買って渡しました。

いとこはすごく喜んでくれて私は嬉しかったし、プレゼント選びもとても楽しかった。

だけど、今度はいとこの母である叔母が、困った顔をして「そんなんせんでいいのに…」と言っていました。

私は、母と叔母2人の罪悪感を自分のものだと信じていたかもしれないという気づきを得ました。

その後も、祈り、自分の気持ちを見つめていたら、さらに気づきがありました。

私は、母からも叔母からも嬉しい気持ちをもらっていました。

叔母からは、直接的におこづかいを。

母からは、一見、叔母からもらったおこづかいが減るような、マイナスな感じがあるけど、でも、違いました。

「そのもらったおこづかいからプレゼントを買って渡してよ」と言った母に従って、プレゼントを買って渡した。

だから、いとこが喜ぶ顔を見れた。

私もプレゼント選び楽しかったし、さらに喜んでもらえて嬉しかった。

これは、母から嬉しい気持ちをもらってたんだ!と気づいたんです。

私は、母と叔母の2人から幸せな気持ちをもらっていたと気づいたとき、もうニヤニヤしちゃって…笑 

嫌だった過去の記憶がひっくり返ったような感動の気づきでした!

いつもありがとうございます。

以前、継続コースを受けてくださっていたクライアントの方から気づきのシェアをいただきました。

※掲載のご快諾を、ありがとうございます。

「罪悪感の絆」というか、なんというか、そういうものが、わたしの中にも出てくることがあります。(赦し、祈りの機会として受け取っています)

「罪悪感を持つことで、相手に愛を表現できる。誠意を表現できる」というのか、なんというのか。

このことには以前から自覚はあったのですが、「これこそが自我の働きである」という気づきは奇跡講座の学習を進めるなかで受け取りました。

そして、お金って「お金」や「物理的なところ」だけをみていると、どうしても、自分が自分に制限をかけてしまうものです。

なんの制限か?

というと、真の豊かさ、真の喜び、真の自由、無限にまで広がる可能性、愛

・・・その広がりへの制限。

そんな「お金の制限」について、セッションでテーマに上がることはよくあるのですが、「生まれ育った家庭、家族、親族」の中の誰かが、このように心に浮かんできて、共に解放、心の癒しを受け取ってくれる、ということは、とてもよくあります。

ちなみに、こちらの方からそのあと、

今朝、浮かんできていたお金の恐怖ですが、ひとつめの気づきのあと具体的なアイディアが浮かび、明日行動に移します。あんなに恐怖でいっぱいだったのに、何とかなるもんだな〜と今、心が軽いです。

とメールもいただいていました。

受け取ったアイディア、感覚、インスピレーションを行動に移す、ということも、とても大切です。

ゆるす、祈る、行動に移す・・・これが実践です。

心と向き合ってみて、受け取った感覚に従って、行動に移してみて、はじめて「確かに、自分の不安や恐れの考えは、間違いだった」という体験(奇跡の体験)を体験として受け取れます。

この楽しみ、喜びを分かち合ってくださることに、心から感謝いたします。

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