「願望成就」についての整理

Oriesatoが提供するサービスや、みなさんと学びつづけていることは、心・霊性(スピリチュアリティ)についてです。

そして、心・霊性(スピリチュアリティ)は願望成就や現世利益が目的ではありません。

「現実を自分の思い通りにしたい」とか「この人がこんなふうに変わってくれたらいいな」とか、そういう思いが浮かんでくることはよくあることかもしれませんが、それ自体を目的とはしていません。

そして、願望成就や現世利益を求めて、心・スピリチュアリティに興味を持ちはじめ、心と向き合うようになったり、心の癒しを求めるようになったりと、

「願望」が「招待状」になっていた、ということはとてもよくあることです。

ですので「願望成就を求めていた」ということが悪いこと、ダメなこと、というわけではないです。

そして、願いが心の中に浮かぶとき、

「現実を自分の思い通りにしたい」

「この人がこんなふうに変わってくれたらいいのに」

という思いを自覚すること、ただ認めること、手放すこと(=かわりのものを受け入れること)が、難しくなることは、よくあることかもしれないと思うことがあります。

それで、なぜ、こういった思い(人や状況を変えたいという思い、コントロール欲求、操作)を手放すことが難しいのだろう?と思ったとき、

「現実を自分の思い通りにしたい」

「この人がこんなふうに変わってくれたらいいのに」

と「思うこと自体」が、悪いこと、ダメなこと、禁止している、強くジャッジメントしている、責めている、ということがあって、まずはその部分が”大事”かもしれない、という考えが浮かびました。

人や状況を変えたいという思い、コントロール欲求、操作・・・そういったものを、否認したり、抑圧したりして、「隠し持ったまま」のとき、心が苦しくなるものです。

内なるガイダンスもきこえなくなってしまうものです。

けれども、人や状況を変えたいという思い、コントロール欲求、操作・・・は「願望」があるときほど、大きく”中心”へと踵を返す、素晴らしいチャンスでもあるかもしれない、という気がしています。

次の記事では・・・

「自分が今持ってる願望の種類」について、整理して把握することで、ハートにある思いをより丁寧に見つめていくことを目的とした記事を書きたいと思います。

(つづく)

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