プロフィールを書いてみました

プロフィールを書いてみていました。

わたしは、プロフィールを書くことに、ずっと苦手意識がありました。

なので、今回は、イエスに「あなたが書いてください」とお祈りしました。

そして、今回は、プロフィールを書きながら、いろいろと気づいたこと、受け取ったことがあったので、書いてみたいと思います。

まず「肩書き」について。

これを、わたしは、ずっと「何と書いていいのか、わからない」「自分が何をしているのか、よくわからない」というのが正直なところでした。

ぴったりな言葉が見つからない感じ、どれもしっくりこない感じだったのです。

そのまま肩書きがないというのも、フォームレスな感じで素敵だと思っていたのですが、今回、なぜかやたらと気になっていたので、「肩書きはどうすればいいですか?私の肩書きは何ですか?」「なぜ肩書きのことがこんなに気になるんですか?わたしは今、何に気づくべきなのでしょうか?」と祈ってみました。

すると、今までお世話になってきた師たちの言葉が思い出されてきたのです。

師たちからは、

「あなたは修行して第三の目を使いなさい」

「スピリチュアルカウンセラーです、と言いなさい」

「人じゃなくて、神とつながりなさい。祈り続けなさい」

「あなたは、ヒーリングはもうほとんど教えることがないね」

などなど。

そして、催眠を学んでいたときの先生からは、

「あなたは、いいカウンセラーになるよ」

と、言っていただいていました。

わたしは、師たちからのこの言葉を「そんなわけない」「おこがましい」などといって、全力で受取拒否してきました。逃げてきたし、何だかこわかったのです。そして、謎の後ろめたさが、ずっとあったのです。

でも、今、この師たちからの言葉が、一体どういうことだったのか、やっと、感じられたことがあったのです。

そして、やっと、心を開いて、感謝の心で受け取ることができたのです。

それで「スピリチュアルカウンセラー、ヒーラー」と書いてみたのですが、その言葉に対する違和感がなくなっていました。

”愛だけが治療薬”という言葉が思い出されました。

そして、幼少期の趣味は「お絵描きとお祈り」と書きました。

このように書くと「信仰深いご家庭に育ったいい子」みたいに見える方も、もしかしたら、いらっしゃるのではないか、という思いが浮かぶのですが、全然そんなことはありません。笑

ひとりっ子で、両親は共働きで、近所のお友達よりもひとり遊びが好きだったわたしは、絵を描いているか、神様のことを考えたり、神様に質問したりお願いしたり相談したりすることが好きだった、というだけで、それは、とても日常的なものでした。

プロフィールを書きながら「そういえば、子供の頃から、趣味:お祈り、みたいな感じだったなぁ」ということを、思い出したのです。

「10代の頃、主治医からジャーナリングを教えてもらい・・・」ということも書いていますが、これも、プロフィールを書きながら「そういえば、あの頃、あの先生から教えてもらっていたあれは、ジャーナリングじゃん」と思い出したのです。

と言っても、10代の頃「はい、今から、ジャーナリングを教えてあげます。これにはこのような効果があります」というような感じで教わったわけではないのです。

はじめて、その先生に会ったとき、わたしは、メモ帳とペンを持って、診察室に入りました。

母が「ノートとペンを持って入りなさい。そして、なにか、大事だなと思うことがあれば、メモをしておきなさい」と言ったから、です。

それで、ノートとペンを持って入ったのですが、それを見た先生が「あなたは、書くのが好きなようだから、次の診察のときまでに、思い浮かんだことをなんでもいいからノートに書き出して、それで、もしよかったら、見せてくれるか?もちろん、見せたくなかったら、見せなくてもいいから」と言ったのです。

それで「とりあえず、思い浮かんだことを毎日ノートに書き出す」ということをはじめたのですが、これが、なんだか、書きはじめたら楽しくって。スッキリするし。それで習慣になっていた・・・ということを、プロフィールを書きながら、思い出したのです。

お祈りのことも、ジャーナリングのことも、プロフィールを書きながら思い出したというか、点と点が繋がったというか。ずっと、導かれているんだ・・・ということを感じました。

というか、本当に、小さい頃から、ずっと、同じことしかしていないですね。笑

ちなみに、セッションのときに、セッションを受けてくださっている方が「そういえば、小さい頃から祈ってたことを思い出しました」とか「今思えば、この頃、ずっと、本気で祈ってました」とか、そういうことを、思い出して、お話してくださる方も多く、なんだか、うれしいです。

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